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涓塵会(けんじんかい)とは?

 

涓塵会(けんじんかい)の「涓」は、「水のしずく」、「水滴」という意味です。「塵」は、ちりや砂のような「小さい粒」という意味です。
涓塵とは、水滴や粒のような小さな存在を意味します。

 

同時に、水が集まると川にも海にもなるように、粒も集まると丘にも山にもなるように、ひとりひとりの力が集まって大きな存在になることも意味しています。

 

涓塵会は、もしかすると小さな小さな水であり塵であるかもしれない私達が、学び続け、実践し続け、何かを伝え続けることで、我が国や社会が少しづつ良くなっていくための会です。

 

共に学び、共に気付き、共に行い、共に伝え、少しでも日本を良くしていきましょう。

 

涓塵会はそのような共に学び、共に実践していく会です。

 

 

涓塵会の活動予定

 

涓塵会 2021年6月から12月の予定表

 

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涓塵会の目的

 

涓塵会の目的は、仏教の修行、仏教の思想などを経営や人生に役立て、智慧ある人を我が国に増やし、国家に貢献する人物を育成することにあります。仏教は長い歴史と伝統を保持するあまり、その叡智を経営や人生に活かすために、かなりの労力を要するきらいがあります。所謂大乗仏典ひとつをとっても『金光明経』『法華経』『観無量寿経』『華厳経』など幾多の経典があり、さらに初期仏典、密教経典、論書、律、『秘蔵宝鑰』『正法眼蔵』などの祖典まで含めるとその数は膨大なものになります。それらひとつひとつを学んでいくことは尊ぶべきことですが、多忙を極める現代人において、それはほぼ不可能に近い。なれば、それら典籍の思想の枢要をつかみ、それを実践に活かすことは可能ではないか。仏教の軸を活かすことを目的とし、国家を扶育することは可能ではないか。そう考え、当会を創設するに至りました。

 

涓塵会の活動

涓塵会は前掲の目的を達成するために「気付き」「学び」「実践」「伝達」の場をつくり、当会の活動の根幹としていきます。仏教の根本的な実践論に「八正道」があります。正見、正思、正語、正業、正命、正精進、正念、正定がそれですが、これらは大別して「気付き」「学び」「実践」「伝達」に分けられます。即ち、智慧に気付き、智慧を学び、智慧を実践し、智慧を伝える。これが八正道の要諦です。自らがよく学び気付きを得て、その気付きと学びを基底にした生活を営み、それを伝えていくことが仏教のあるべき姿です。涓塵会の活動はこの八正道を自らの血肉にしていくための活動であり、暮らしをよりよいものにしていくための場です。あくまでも自らを内省し自らを省みるための活動であり、声高に社会変革を謳うものではありません。

 

 

智慧とは何か

 

仏教の伝統教学では智慧の「智」と「慧」はそれぞれに意味があります。「智」とは統合的、総合的に兼ね備える力を意味し、「慧」とは物事の差異を認識する力を意味します。つまり、様々な違いや差異を具に見つめ、認識し、それらを統合し、総合的に判断し、現実を動かしていく力を「智慧」と呼称します。この混迷極まる時代に、社会から疎外することなく、その真っただ中にいながら、それでも前進し止むことなく生きていく。この力が私たち一人ひとりに求められているのです。現代は「自らとは何か」「自らをの使命とは何か」を探求し、活動し続けることを余儀なくされる「智慧が求められる時代」なのです。私たち一人ひとりが「智慧」をもって生きなければならない時代であり、「智慧」をもって国家に貢献することが求められる時代なのです。

 

 

涓塵会が目指すもの

 

私たちが生きる現代は、智慧が消滅しつつある時代なのかもしれません。本物の価値が見えづらく分かりづらく、言葉のみ巧みで、中間色の人間が尊ばれる時代なのかもしれません。このような、字義通りの混迷の時代に、どのように本物の価値を創出していくのか。どのように本物の価値を身に着けていくのか。答えは未来にはありません。答えは未来でなく、過去にあります。いま以上の混迷の時代を耐え抜き、今日まで存在した過去の叡智の中にこそ、本当の智慧が存在し、本当の未来が存在している。望むらくは、智慧をもつ人物が活躍する時代であってほしい。生きることや死ぬことなど、死生観をもつ名声が生まれてほしい。真あり、善あり、美ある経営があってほしい。誰かが、言わなければなりません。智あり、慧ある人物が世の黎明を告げ、活躍しなければなりません。涓塵会は「気付き」「学び」「実践」「伝達」の諸活動を通じ、我が国を少しでも良くしていく集いです。不遇の時代、虚構の名声、害悪の経営から脱却し、実践と普及啓蒙を尊ぶ会としてあるべき日本を目指します。小さな集いかもしれませんが、集まれば大きな力となります。

 

 

智慧を得る「気付きの場」

智慧を得ることを仏教的には体解する、と言います。頭で理解するのみならず、行動、身体で理解していくことが体解です。いくら泳ぐ方法を書籍で読み込み頭で理解しても、実際水に入りすぐさま泳げるわけではありません。智慧も同様で、頭で理解しただけではいけない。実践してみる。そうすることで何か気付く。自分なりの考えが湧き出てくる。これが気付きであり、体解であり、智慧を得ることです。気付きの場として経典から真の智慧を探り、深山幽谷の自然の只中に自らの身を置き、気付きを得ます。

 

自然からの気付き

 

自然は雄大です。古来より「太上は天(自然)を師とする」という言葉があるほどで、先哲たちは自然と向き合い、自然と共に歩みを進めて参りました。そして、自然には英語の「nature」という意味だけではなく、「日常生活」という意味もあるのです。何気ない日常の中で何を気付くことができるのか。昨日とは違う今日を、どのような気持ちで営むことができるのか。

 

修行の実施

 

修行とは終わりのない行いの連続を指します。修行で最も重要なことは「智慧を感得し実践すること」です。「智慧を気付く」だけではなく、それを如何にして「実践していくか」が最も大きな眼目です。実践のない智慧は妄想であり、智慧のない実践は運がよいだけです。智慧は修行によって体得され、実践は人生に帰着されなければならず、証明されなければなりません。

 

 

智慧を学ぶ「学びの場」

先哲の古人が心血を注ぎ生命を賭し確固たる志のもとに綴られたのが思想書であり、歴史の干渉に耐え、今日まで厳然としてそびえたつのが古典です。思想書や古典は時代を客観化させる力を持ちます。なぜいまこのような苦しみが襲ってくるのか、なぜいまこのような絶頂が訪れているのか。その時にどういう考えをもって臨めばいいのか、どうやって先人は乗り越えてきたのかなど自らの境遇と時代を客体化できる性質を持ちます。古典を読み、思想書を読む場をもち、智慧を学ぶ「学びの場」とします。

 

古典・思想書を読む


古典の価値は歴史の干渉に耐えうる点にあります。歴史とは人類の活動の集積であり智慧の淵源です。大きな災害があり、甚大な国家の動きがあった。にもかかわらず今日まで古典が残っていることは災害や政治よりも大きな価値があったからに他なりません。また思想書も同様で、哲理を学ぶことは人生を豊かにします。古典・思想書を読み、智慧を学ぶ習慣をつけます。

 

仏典を読む


八万四千の法門というほど仏典の数は多く、その中でも経営や人生に活きるような仏典を読み、三国伝来の智慧を学びます。特に宗門や宗旨など関係なく読み進めていき、そこから何を学んでいくかを柱にしていきます。仏典には読み方があります。単語ひとつとっても仏教の独自の解釈がそこにはあり、そのひとつひとつを披歴しながら、経典を読むことをしていきます。

 

 

智慧を活かす「実践の場」

智慧を活かす実践の場は自分の生活です。自分の人生です。自分の経営です。よく古典や思想書を読んで全く身になっていない人の事を、「論語読みの論語知らず」と言いますが、まさしく、人生に生きていない智慧は字面を追っただけの単なる知識であり、人生に活かされていない思想は聞きかじっただけの身にならない雑学です。思想は人生に活かしてこそ意味があります。智慧は実践してこそ実りあるものになります。自己を内省し、振り返り、開示することが実践です。

 

自己反省・自己開示


『法華経』「方便品」に開示悟入という言葉が出てきます。簡潔に言えば「自らの考えを開いて示し、悟りの世界に入らせる」という言葉です。智慧を実践する際には、まず自分の立ち位置(反省)と開示(発表)が必要不可欠です。仏教はとりわけ、自己修養の方法を多数持つ教えです。反省のないところに智慧はなく、智慧ないところに開示はありません。

 

静慮(禅・マインドフルネス)


禅は様々な用語で翻訳されますが当会では「静慮」という言葉で禅を定義します。禅・ヨガ・マインドフルネス・瞑想・三昧・止観など多種多様な語がありますが、智慧の実践という側面から考えると静慮が最も適語であると認識しているからです。智慧を実践するためには深い洞察力が必須になってきます。洞察力は心を高めることで向上されます。禅は心を高めます。

 

智慧を伝える「伝達の場」

智慧を伝えることは自らの気付きと学びを言語化し、普遍化させることにあたります。気付きと学びはともすると自分一人だけで満足しがちですが、誰かに話し、伝えることで成立します。閑林に独座し、草堂の暁を拝むことも大切ですが、その境涯を誰かに伝え、誰かと分かち合うことではじめて智慧が伝わります。また言葉にすることで自らの奥底にある深層意識にも智慧が伝わり、より明確なものとなって人生に役立てることができます。智慧は語らいの場にあります。

 

体験報告


経営や人生の報告をすることで人生の幹は太くなります。日常で気づいたことや考えたこと、実践したことなどを報告することで智慧はより深く太くなります。体験報告は智慧の共有です。悩み苦しみ辛さからつかんだもの。成功し体得し行動して得られたものを友と共に共有し共感することが智慧を伝えることです。同じ場に立つ人間同士も大切な師であることが分かります.

 

友との交流


師と友。人生には先行きを案内してくれる師と、共に歩み続ける友をもつことが要です。仏教では前者を「師」、後者を「善友」と呼び、智慧を得る重要な役割持つ人として区分けしています。友との交流によって人生や経営は質の高いものに変化します。互いが互いを高め合う。互いが互いを認め合う。真の意味での「共生」を産むことが智慧の伝達の根幹です。

 

涓塵会に入会するとどうなる?

 

涓塵会には以下の特典がございます。

 

@ 勉強会の参加費無料、修行などの割引

A 会員のみ参加可能な勉強会
B 公開グループに投稿可能
C 会員カードの貸与
D 講義動画の視聴
E 月2回のメルマガ

 

 

涓塵会の入会金・月会費

 

涓塵会には、入会金(更新なし)と月会費をお支払いいただくことでご入会いただけます。

 

入会金・・・10,000円

 

月会費・・・5,000円

 

涓塵会へのお申込

お申込は下記のお申込書に必要事項をご記入いただき書類をFAXいただくか、お申込フォームからお申込ください。

 

涓塵会の会員登録

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