お寺葬のT-sousai
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「死者の民主主義」と言われて想起するのは、
G・K・チェスタトンですが、私はお盆は「死者の民主主義」の顕著な例だと思っています。
「死者の民主主義」と言うと、なにやら祖霊の方々が家にお戻りになり、
その後ワイワイとやる、という牧歌的な印象を持つ方が多いかと思います。
そのような懐郷的な心も大切なのですが、
チェスタトンが言った「死者の民主主義」の本質とは少し意を異にします。
チェスタトンが言った「死者の民主主義」とは
「亡くなった方が投票権を持っていたらどんな国家を考えるか」というもの。
連綿と続く悠久の歴史のただなかで、今の自分の行いを考えるというものです。
亡くなった方々がもし投票権をもっていたら、どんな風に行動するのか、どんな風に考えるのか。
それを慮ることが「死者の民主主義」の本意なのです。
お盆とは「死者の民主主義」である、とはまさにこのことで、
いまは亡き父母、ご先祖様、祖霊の方々の御霊を家にお招きし、
死者と共食し合い、死者の声を聞き、未来を考え、自分の行動を変えていく。
すると自然と、「今だけを考える思考」「自分だけを考える思考」が和らぎ、
死者の民主主義がここで成立します。
かつて、「日本は日本人だけのものではない」と言った方がいましたが、
その通りで、「日本は、今を生きる日本人だけのものではなく、亡くなった方々と共にある」という気が致します。
亡き方々に想いを馳せ、自らの行動を考えるよすがにしていただければと思います。
盆の月 亡者の帰る 鉦(かね)の音 ー正岡子規
合掌